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【アラベスク】  第3章 盲目Knight



第2節 西からの風 [8]




 見知らぬ少女に呼び捨てされる覚えはない。
 無言のまま憮然とした態度を保つと、少女はおもしろそうに口元をあげた。
「ふーん 噂どおりね」
 噂?
「横暴で無愛想。学校中の嫌われ者」
 そりゃどうも
 視線も剣呑に睥睨(へいげい)してやると、相手はまじまじと再見(さいけん)した。
「別に喧嘩売ってるつもりはないんだけどね。ただまぁ、今まで遠目にしか見たことのない有名人が目の前フラフラしてたから、思わず声かけちゃったってだけ」
 そうして、隣で動向を伺っているメリエムへ視線を移す。
「二組の…… 転校生の彼女? あれ? でもあの男子は、アンタのことが好きなのよね?」
 一人で勝手に首を捻る少女。
 二組の転校生と言えば、瑠駆真のことだ。メリエムは、瑠駆真のアメリカでの彼女ではないかと噂されている。
 少女は再び美鶴へ視線を戻すと、呆れたように口を開いた。
「こりゃあ、噂になるワケだね。転校生の取り巻きを敵に回すのもわかる気がする」
「アンタ、誰?」
 不機嫌丸出しの美鶴に、相手は片眉をあげた。
「アンタと同じ、唐渓の二年生。四組の涼木(すずき)
 そう告げて、スリムな腰に手を当てる。
 四組と言えば、聡と同じクラスだ。理系専攻と言うことか。
「さっきも言ったけど、私、別にアンタに喧嘩売ってるつもりじゃないのよ。むしろ、応援したいくらいだわ」
「応援?」
 訝しげな美鶴に、涼木は頷く。
「唐渓のバカども相手に善戦してるようじゃない。私、そういうの好きだよ」
 別に戦っているつもりはない
 そう言おうと口を開けたのと同時。建物の中から甲高い声が飛ぶ。
「ツバサッ」
 声と一緒に駆けてくる子供。
「ツバサッ 僕のミニカー知らない? シロちゃんが、ツバサなら知ってるって」
「ミニカー? あの赤いヤツ?」
 涼木の言葉に、子供は強く頷く。
「知らないわよ」
 男の子の頭に手を置きながらそう答え、涼木は美鶴へ片手を挙げた。そうして、じゃあねと一方的に別れを告げると、背を向けて【唐草ハウス】へ入っていった。
 ショートカットを風が撫でる。ボーイッシュだが、耳元の小さな髪留めが可愛らしい。
 スラリとした長身は170cm近いかもしれない。薄手の長袖に少しヨレたジーパンという出で立ちは、一見すると唐渓の生徒とは思えない。だがそれらの素材も、詳しく見ればそれなりのモノなのだろう。
 手に持つ携帯のストラップが、楽しそうに跳ねる。

 ……………

 なんだろう?

 ふと胸に引っかかる何か。首を捻る。
 …… きっと、不可思議な人物との遭遇に面食らっているだけに違いない。
「ずいぶんとニギヤカな人ね」
 面白そうに笑うメリエムの言葉。
「お知り合い?」
「知らない」
 素っ気なく答え、相手を見上げる。
「で? どこ行くの?」
 美鶴の言葉に、あぁ そうだったわ と大袈裟な身振りを添えて、メリエムは先に歩き出した。その後を、美鶴がブラブラとついていく。
 そうして二人が路地を曲がって完全に姿を消した時、人影がゆっくりと動いた。

 まるで揺れるように電柱の影から姿を現し、そのまま滑るように歩き出す。そうして、【唐草ハウス】の前で立ち止まった。


 奇跡だな


 その言葉に笑う。
「奇跡………」
 口に出して、なお笑う。
 痩せこけた頬は蒼白く、腕も足も細くて長い。背に流れる髪は不揃いで、雨を感じさせる湿った風に、少しだけ舞い上がった。
 この世に神なんてものがいるのなら、これはまさに神の悪戯。

 いやそれとも、お互いがどこかで惹き合っているのか?

 美鶴が姿を消した方角。そちらへ向ける視線は、少し感慨深気。それだけを見るなら、実に思慮深い人物とも思える。
 創りも素材も上級だ。それなりの表情、それなりの発言をすれば、気取った街並みには実に良く馴染む。
 やがて、【唐草ハウス】の入り口付近。紫陽花の傍に身を屈め、カタツムリの動向に目を奪われていた幼児に声をかける。
「ちょっとお願いがあるんだけど」
 そう言って差し出された真っ白い封筒。
 知らない人には気をつけろ。そう言いつけられているのだろうか? 少し怯えた表情の幼児へ向かって、もう一つポケットから出す。
「このチョコレートをあげるから。これを渡して欲しいんだ。君をどこかへ連れて行こうなんて、しないよ」
 目も一緒に口も大きく開けて驚き、だが喜ぶ。そんな幼児には、白く透き通る肌の下に潜む下卑た笑みなど、まったく見えてはいなかった。







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